綿矢りさ・著『大地のゲーム』


大地のゲーム                                 

今世紀末の未来の話しです。
 
護身用に銃を持つことが認められています。未来は治安が悪いようです。
 

明るすぎる街――何世代も上の人たちは、主力エネルギーの稼働禁止前の街をそう呼び、その後のうすら明るい街に慣れようとしていたそうだ

 
どうやら人類はゆるやかに後退を始めたもようです。
気候も変わり、都心でも雪が積もって、学生達が学校の建物の屋根から雪の上にダイブできるほどです。
そして平均寿命は60歳くらいのようです。
 
そんな時代のある夏、大きな地震が起きて大変な被害をもたらします。
 
主人公の女性は大学生です。
地震のため一時的に帰宅できなくなった学生達は、混乱が収まった後も、学校を根城にして居座り続けます。
主人公もそんな一人です。
 
地震は、学校や政府といった統治機構に対する人々の信任を瓦解させたようです。
大学は新たな耐震工事を請け負うだけの、政府は次に来る大地震の警報を発するだけの機関に成り下がったようです。
 
大学という、物理的に外部から遮断された空間で、当初は無秩序状態であった学生達が独自に秩序を構築しますが、そこで重要な役割を果たすのがリーダーと呼ばれる青年です。
リーダーのまわりには礼賛者が集まります。主人公もその一人です。
リーダーを中心としたグループは、反宇宙派を名乗り、政治性を帯びてゆきますが、主人公はそこに違和感を覚えているようです。
主人公としては、雪上ダイビングをしたり、学園際の政治劇や模擬店の準備といった内向きではあるがゆるやかで出入り自由な連帯を、ひとりひとりが意識的に主体性をもって築いてゆけばよいのではないかと思っているようです。
 
学生達は、地震後の混乱に秩序を与える知恵と行動力を持つ一方で、雪上ダイブや学園際で盛り上がる無邪気さや、ひとりの女子学生をいじめる幼さを持っています。
大学は、ひとつの城であり、街として機能しています。
 
主人公には付き合っている男子学生がいます。主人公は“私の男”と呼んでいます。
主人公は地震で肉親を失うことはありませんでしたが、私の男は失ったようです。
私の男は素朴さとたくましさを併せ持った男のようですが、地震以来、鬱屈した表状を時折見せます。
リーダーは生まれながらのカリスマ性を持っているようですが、案外計算高い内面を持っていて、地震の混乱は、寧ろ自分を生かす好機だったようです。

 
そんなところに再び大地震が…。
 

生き残った私たちの、ふてぶてしいほどの生命力も、いつかは枯れ果て力尽きる。彼らの面影は思い出すたび切なくなるけど、死者に遠慮は、必要ない。

 
崩壊し、閉鎖された大学を学生達は後にします。
  

「いっしょにしないでほしい。どんな昔の体験とも、どんな痛みとも」強烈な罪悪感を身体の裏で感じながらも、私達は生きのびたことを誇っていた。消えた街の明かりの分、私たちは自分達が強烈な光源だと強く意識していた。

私達は、生に奢らず、死者に遠慮をしない、そんな生き方を、あの地震以来課されているのかもしれません。
再び街には火が灯り、復興は予算配分と利権の引っ張り合い、若しくは役所の怠慢を言い募る道具と化し、いつの間にか生に奢り、死者に無頓着になっている、そんなときに、作者は大地のゲームを未来に設定したのだと思います。
死者に遠慮をしないということは、無頓着であることとは違う。
誰かの生を引き受けるのでもない、ただこの生を全うすること、そのことに大地のゲームは意味がある。
私たちはこのゲームから、おりることはできないのだから…。
作者の静かな覚悟が伝わってきます。

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