髙樹のぶ子・著『香夜』




香夜  

四編に分かれています。

主人公は四編とも満留瀬流奈という女性です。
四編それぞれほぼ独立しているのですが、四編を通すと流奈の一生が浮かび上がります。
 
一生とは生から死へのひと連らなりであることに間違いはありませんが、瞬間の連続でありながら私達は断片を生きているに過ぎず、そしてその断片は独立しつつその断片同士が、時には思わぬ時間と空間を超えて影響しあっている、そのように考えると、私と認識する私は、かほど確固たるものではなく、夜に溶け込んだ匂うはずのない香りのようなものかもしれません。
 
この小説は現実と幻想が混在しています。
 
流奈は生まれ育った街を歩いています。故郷を離れてだいぶ経っているようです。
金魚を一匹連れています。金魚に後ろから茶々を入れられながら歩いています。
 

海がこう、湾曲してふるさとを抱え上げるみたいに拡がっていて、その真ん中に島が一個あって、その島のてっぺんにほら、パラボラアンテナが立っとって、そのアンテナで辺根市は世界と繋がってた。

 
暗示的な地形の描写です。
 
帰省の目的は初体験の男を殺すことです。ショルダーバッグには殺人の道具がぎっしり詰まっています。
 
一編目の『霧雨に紅色吐息』では、流奈が経験した2つの忌まわしい性体験が二つ語られます。
二つとも相手は同じです。
 
留奈はその男と対面します。しかしその男は既に死んでいるのです。しかし、留奈は殺します。死んでいてなお、留奈はその男を殺さなければならない。留奈は一体何を葬ろうというのか。
 

澄人を殺しさえすれば、何十年も背負ってきた襤褸衣みたいなものが落ち去ると信じていた

 
全編通じて、揺るぎないはずの生が、ゆらゆらと心細く立ち惑います。
 
生を支配する性、そして死。
私達は生きているのか、生きていて死んでいるのか、死んでいて生きているのか、生とは刹那の感覚なのか、読むほどに見つかりかけた淡いものが消えてゆき、不安な安定の中に落ちてゆきます。

年を重ねても行き着く先などどこにもなく、15の自分とまた出会う。
人生の虚しさとかやりきれなさといった言葉さえ空疎に感じる、そんな小説でしたが、頁を閉じたあと、自分の体の重み、それだけは確かなものとして残っていて、ふと安心を覚えつつ、同時にまた不安が頭をもたげる、不思議な読書体験でした。
 
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