中村文則・著『去年の冬、きみと別れ』




去年の冬、きみと別れ 

悲しみも憎悪も喜びも全て終わっていく。僕の人生もやがては過ぎていく。小さな石の墓の周りを、静かに風が通り過ぎていくように。

 
前を向いて歩いていたつもりが、ふとした瞬間、実は後戻りしていることに気付く、私達の人生には、ひょっとしたらそんなことがあるかもしれません。
 
そのきっかけは、まるで知らない誰かの小さな狂気、あるいは転落に始まって、他人の大きな狂気にはまってあらがううちに、自ら大きな狂気となってその狂気と自らをほろぼしてゆく…。
 

M・Mへ
そしてJ・Iに捧ぐ

 
この本は冒頭に献辞が置かれていますが、この本全体が殺人事件のルポルタージュとなっています。
 
物語は、殺人事件で収監されている容疑者に、その事件のルポを依頼されたライターが面会に行くところからはじまります。
そのライターの1人称で小説が始まりますが、小説の章と章の間に、その殺人事件のものと思われる資料が差し挟まれます。
ライターの集めた資料だと思っていると、どうも様子が違ってきます。
ライタ一自身が、どうやら観察対象に含まれているようです。
 
1人のカメラマンが、2人のモデルを焼き殺した猟奇連続殺人、その犯人像に迫るライター、しかしライターが辿り着いたのは同じ殺人事件に仕組まれた別の殺人事件でした。
 
そして最終章、ライターは観察者と対峙します。静かな殺し合いの場面に息を飲みます。
 
その対峙によって、何かが喪われ、何かが再生したように思います。
 

僕の真の欲望は、破滅的な人生を送ることでもない。荒々しいことを求めることでも、見事な芸術をつくることでもない。安定を求め、時々破滅に憧れ、職業は何でもいいから少しだけ皆から羨ましがられること

 
通り過ぎた狂気のあとに、辿り着いたライターの心境です。

愛するという行為に少しく狂気が含まれるとするなら、私達は日常の描く軌跡をもっと注意深く見極める必要があるのかもしれません。
ライターが辿り着いた感慨はいささか凡庸と言えるでしょう。しかし、狂気の悪魔と化した人々を前にして、それは重みのあるポイントではないでしょうか。どこで人生のポイントが切りかわるか、その渦中にあっては見極めることが難しいのですから。
 

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