大江健三郎・著『芽むしり仔撃ち』


芽むしり仔撃ち (新潮文庫)                                 

 

人殺しの時代だった。永い洪水のように戦争が集団的な狂気を、人間の情念の襞ひだに、躰のあらゆる隅ずみ、森、街路、空に氾濫させていた。

 
そんな戦時中、感化院の少年達、つまり問題があって保護されている少年達、もっと言えば、矯正中の不良少年達が、地方に集団疎開するお話です。
 
冒頭、疎開先への移動中に脱走した2人の少年達が捕まるところから始まります。
2人の少年は沿道の村の百姓につかまり、傷だらけにされています。
感化院の教官は、少年達を集めてこう言います。
 

「こんな奥の村へ入って来たら、どこへ逃げても町へ着くまでに百姓につかまってしまう。あいつらときたら、お前たちを疫病みたいに嫌っている。殺しかねない。お前たちは刑務所にいるより脱走しにくいんだ」

 
空襲の激化に伴い院児の親元への引きとりが要請されたにもかかわらず、引き取り手のあられわれなかった子供達が、集団疎開することになったのでした。
つまり彼らは、親から見捨てられ、社会からも爪弾きにされた存在だったのです。
 
小さな村落共同体は彼らをあからさまに敵視し、疫病扱いして受け入れてくれません。
ようやく、深い谷を挟んで山のこちら側とあちら側をトロッコで結ぶ村に受け入れられるのですが、その村ではまさに疫病が発生していたのです。
 
少年達が村に到着すると、教官は後発隊を迎えに行きます。
教官が去ると、村は少年達にある作業をさせます。
川原に積まれた動物達の死骸の埋葬です。
 
翌日、村人達は村から全員退去します。感化院の少年達を見捨てて。少年達は疫病の猖獗する閉ざされた村に残されたのです。
村外に通じる唯一の連絡手段であるトロッコは閉鎖れています。向こう側に見張りを置く用心深さで。
 
子供達だけで取り残されたことに彼らははじめ戸惑いますが、村人の家に侵入して食物と寝所を手に入れ、父親の埋葬のために残った朝鮮人の少年と脱走兵が村に加わり、一夜にして降り積もった雪にはしゃぎ、朝鮮人の少年から教わった狩りに熱中し、絶望的に追いつめられた状況の中でひとときの自由を得ます。
 

「戦争が終わるまでのほんの短い間、俺は隠れていればいいんだ。」と脱走兵の声は祈りのように熱っぽかった。「国が降伏しさえすれば、俺は自由になる」

「あんたは今だって自由じゃないか。この村の中でなら何をしてもいい、どこに寝ころんでもいても誰一人あんたを掴まえない」と僕はいった。「すごく自由だろ?」

「俺も君たちも、まだ自由じゃない」と兵士はいった。「俺たちは閉じこめられている」

「村の外のことを考えるな、だまっていてくれ」と僕は怒りにかられていった。「俺たちはこの村の中で何でもできるんだ、外のあいつらのことをいうな」

 
5日ほどして村人達が帰ってきます。
兵士はとらえられ、そしておそらくは村人達によって殺されます。疫病の中に子供達を残した事実を、外の世界に知られたくないために。
そして少年達にも、硬くロを閉ざすよう要求するのですが、主人公だけは拒否します。
 

僕らはうまくはめこまれようとしていたのだ。そして《はめこまれる》ことほど屈辱的でのろくさでみっともないことはないのだ。

 
この小説が書かれたのは昭和33年です。
私達は、兵士のいうとおり、国が降伏して戦争に負けたことを知っています。
しかし、それで果たして私達は自由になれたのでしょうか?
 
戦争の狂気が国の隅ずみを覆っていたのは確かです。しかし、絶望的な閉塞状況でしか自由を手に入れることができないとするなら、それは私達の内に潜む偏狭さと不寛容と、集団的なエゴイズムのせいではないか。戦争とはまさにその発露であって、戦争がなければよかった、あるいは疫病が悪かった、というのは本質から目をそむけることに。これでは人間は同じことをくりかえす。
 
主人公は最後山に放たれ、村人達に追われますが、それこそ行き場のない現代の状況を表わしてはいないでしょうか?
 

僕は閉じこめられていたどんづまりから、外へ追放されようとしていた。しかし、外側でも僕はあいかわらず閉じこめられているだうう。脱出してしまうことはできない。内側でも外側でも僕をひねりつぶし締めつけるための硬い指、荒々しい腕は根気よく待ちうけているのだ。

 
私達は長く、少年を追いつづけているのではないか?自己防衛という名の自滅に向かって…。

 

 

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