小川洋子著『最果てアーケード』


最果てアーケード                                 
「そこは世界で一番小さなアーケードだった。そもそもアーケードと名付けていいのかどうか、迷うほどだった。」
そんなアーケード街のちょっと変わった店と訪ねて来る人々が、そのアーケード街の大家の娘である「 わたし 」の目を通して描かれます。

読み初めは短編連作かと思いましたが、ややそんな趣もありますが、やはりこの作品は、全体を一つとして見るべきかと思います。
なぜなら、この作品は、全体として「 わたし 」と父の物語となっていると思うからです。
「 わたし 」のお父さんは「わたし 」が16歳の時に火事でなくなります。この小説は火事を境として時間軸が前後して語られるので注意が必要です。また、人さらいの時計 が物語の上で大きな意味をもっており、人の上に流れる時間、すなわち生死をテーマに据えているのだと思います。
「わたし」はアーケード街に来たお客さんのあとをつけます。そしてそこに火事で亡くなった父親が、選択しなかった人生を見ます。父親が選択しなかった人生を幸せに送る人を見ることで、「わたし」は安堵に包まれます。
私たちは、それほど自由に生き方を選択できるわけではありません。むしろ、ほかにどうしようもなく今の場所に押し込められてる、その方が実感に合うのではないでしょうか?だけど、自分が選択し得なかった人生を、誰かが幸せに生きているとするなら、自分の人生も、誰かが選択し得なかった人生として、ま た、他者と比べるべくもなく、幸福な人生といえるのなではないか、作者はそう言っているのではないかと思います。
私はいままで、もう年だから、とか、もう○歳だから、と考えることを意識的に避けてきました。しかし、もう自分が何者にもなり得ない年齢に達したことを悟るにつけ、本作において作者が言わんとするところは心に染みます。
本作は漫画の原作として書かれたようで、また、装丁の絵柄からは想定できませんが(結構意味深いんですけど…)、私のように中年過ぎの迷える大人が読むべきだと思います。

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