東京裁判をやり直せるとしたら…歴史にもしもは禁物です。
しかし、そもそも勝者が敗者を裁いた極東軍事裁判は公正といえるのか、戦犯として裁かれた人達は、本来裁かれるべきだったのか、戦後史にこうした疑問をはさむと、畢竟「天皇に戦争責任はあったか」という命題にぶつからざるを得ません。
太平洋戦争の終結から半世紀を経てもなお、私達日本人には、やり残しの宿題があるように思われます。
主人公はマリという女性です。15歳でアメリカに1年間留学します。
現地の高校で進級の単位取得のために日本を紹介する、ということになりますが、能や歌舞伎の紹介ではなく、「天皇の戦争責任」についてディベートを行うことになります。
しかも、戦争責任は「あった」側として。
マリの留学は1980年代の半ばですが、40代半ばとなった現在のマリも登場します。
バブルとその崩壊、失われた10年、サブプライムとリーマンショック、そして震災…。
作者がなぜ、今、東京裁判に向きあわなければならなかったか、この30年を振り返るとなんとなくわかる気がします。
いまだに戦後が終わっていない。
経済が先行し、国は豊かになったといいます。しかしその豊かさは山を削り海を埋め立て、せまい国土にひっかき傷を付けるようなやり方で成長し、その揚げ句誰かの財布が膨らみ勝手にはじけた。この即物的な繁栄は幸福なのか。物質的な豊かさとは裏腹に、生活に滲み出る虚無感はどこからくるのか?
天皇の戦争責任の有無を明確にしたところで、何かが変わるわけではないでしょう。それはつまりディベートの勝者がどちらになるか、ということにすぎないのですから。
しかし、東京裁判をひとつの歴史的事実としてなお、私達日本人はこの国土、そして天皇とは、ということから考えて、戦後の復興をしなければいけなかったのではないか…?
作者はそう言っているように思います。
マリは1年で留学を断念し、東京に戻ります。何とか学歴を中断させることなく復学し、その後の人生を可もなく不可もなく渡ってきたようです。
彼女にとって留学を断念せざるを得なかったディベートでの失敗は、日本の戦後に重なり、その後のなにか忘れものをしたような人生は、精神性を欠いた戦後の復興と重なります。
40代のマリは15歳のマリと交感し、再びディベートのステージに立ちます。
ディベートのやり直しが、あたかも東京裁判のやり直しのようです。
もしマリが、このディベートにより新たな地平を開くことができれば、その後の人生が変わるはずです。
もし、15歳のマリが、その後の人生を変えられたとして、1980年代以降、私たちはどのように生きられたでしょう。
これは、作者から私たちへ投げかけられた宿題ではないでしょうか?