主人公は36歳の作家ですが、文学だけではまだ食べてゆけないようで、地図を作る会社に勤めるサラリーマンでもあります。
物語は三人称で綴られます。
主な登場人物は、主人公の妻、主人公に弟子入りして主人公宅に寄宿する女子学生、女子学生の恋人、女子学生の父親、といったところですが、作者はどこまでも主人公の内面を追いかけます。
36歳、中年にさしかかった男の生活に対する倦怠、そこに自分を師と慕う美しい女子学生の出現、師としての振る舞いと、邪な恋慕との間で主人公は煩悶します。
芳子とは主人公に弟子入りした女子学生です。
明治時代にはこれが、風紀上の大問題だったようです。
主人公は煩悶するのですが、その煩悶も風紀上好ましくないもののようです。
妬みと惜しみと悔恨との念が一緒になって旋風のように頭脳の中を回転した。
主人公は酒を飲みます。だらしなく酔っ払います。そうしてこの一女子学生のスキャンダルから、我が身の半生を振り返り、やるせなさに襲われます。
この小説は、主人公以外の人物の内面には立ち入りません。この惨めな中年男の内面が、惨めなままに描かれます。
主人公は外国文学を読み、小説を書く知識人です。彼の不幸は、他者との関係や自己の内面を客観視する自我の強さに因ると思います。
彼は女子学生との関係において師弟の関係を強く意識します。それと同時に、恋慕の情を押さえることもできません。
理想を高く掲げることと劣情に身をまかせることは両立せず、どっちつかずの主人公は恐らくその人生において自分が自分の人生を生きていない、不確かさを常に感じ、一人内面に寂寥感を感じてきたはずです。
そんな主人公から見ると、芳子は例え因習に背いたとは言え、否、寧ろ背いたからこそ、しっかりと自分の人生を生きているように見えたのではないでしょうか。
妻や芳子の父親は古い価値観を疑うことなく生活しており、芳子は新しい時代の生き方をしており、芳子の恋人はどうやら繊細な自我の持ち合わせはないようで、主人公は自我の蒲団をかぶって惨めに煩悶を繰り返します。
正直あまり直視したくない心象風景です。しかし、だからこそ、今を以て読み継がれているのだと思いました。
朝起きて、出勤して、午後四時に帰って来て、同じように細君の顔を見て、飯を食って眠るという単調なる生活につくづく倦き果てて了った。
主な登場人物は、主人公の妻、主人公に弟子入りして主人公宅に寄宿する女子学生、女子学生の恋人、女子学生の父親、といったところですが、作者はどこまでも主人公の内面を追いかけます。
友人と語り合っても面白くない、外国小説を読み渉猟っても満足ができぬ。
道を歩いて常に見る若い美しい女、出来るならば新しい恋を為たいと痛切に思った。
美しいこと、理想を養うこと、虚栄心の高いこと――こういう傾向をいつとはなしに受けて、芳子は明治の女学生の長所と短所とを遺憾なく備えていた。
芳子は恋人を得た。そして上京の途次、恋人と相携えて京都嵯峨に遊んだ。
主人公は煩悶するのですが、その煩悶も風紀上好ましくないもののようです。
かれの経験にはこういう経験が幾度もあった。一歩の相違で運命の唯中に入ることが出来ずに、いつも圏外に立たせられた淋しい苦悶、その苦しい味をかれは常に味わった。
主人公は外国文学を読み、小説を書く知識人です。彼の不幸は、他者との関係や自己の内面を客観視する自我の強さに因ると思います。
理想を高く掲げることと劣情に身をまかせることは両立せず、どっちつかずの主人公は恐らくその人生において自分が自分の人生を生きていない、不確かさを常に感じ、一人内面に寂寥感を感じてきたはずです。
そんな主人公から見ると、芳子は例え因習に背いたとは言え、否、寧ろ背いたからこそ、しっかりと自分の人生を生きているように見えたのではないでしょうか。
性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。
薄暗い一室、戸外には風が吹暴れていた。