早坂真紀・著『森の彼方に』

森の彼方に  over the forest                                 
物語の主人公は、映美という日本人の少女と、エイミーというイギリス人の少女ですが、生きた時代はエイミーのほうが100年ほど前です。
 
2人とも活発な女の子で、男の子たちと木登りもすれば虫捕りも平気です。
そして二人とも女の子らしさを求められることに子供らしい自然な反感を抱きます。
 
物語は日本と英国を舞台に交互に描かれます。
 
100年前のイギリスでエイミーは日本の浮世絵の描かれた屏風を目にします。そこには同じような服(着物)を着た男女が描かれていて、
 

「女だからって、スカ一トをはかなくてもいいの?女だからって、飾りのついたかかとの高い靴を履かなくてはいけないなんてこともないのね。男の人と区別しないなんて、なんて素敵な国なんでしょう!」

 
と幸せ(?)な誤解をして日本に憧れます。
 
一方映美は、エイミーが感じた女であるが故の不自由さを100年後の日本において同じように感じています。
 
映美は成長し、大学生になります。
生きた時代も国もまったく違う映美とエイミーですが、バラの花をきっかけとした不思議な邂逅をします。
 
この小説はファンタジ一小説ですが、女性の自立ということをテ一マにしています。
100年を隔てた少女の配置はなかなか効果的です。
 
50年ほど前にボーヴォワールが「人は女に生まれない、女になるのだ」と言いました。
100年前、50年前、そして現代と、時代も国も社会情勢も違うので、単純に「女性は」という比較も一般化もできませんが、通底する部分はたぶんあって、それが時代によってどのように評価されるのか、それを考えることが、その時代にあった自立?、ということになるのかもしれません。
「女性の在リ方」として絶対的なものって、あるのでしょうか?
 
本書には明確な答えが書かれていません。映美はまだ大学生です。自立にはもう少し時間が必要なようです。
 
感想文にあとがきの文章を引用するのはルール違反かもしれませんが、以下はあとがきの作者のことばです。
 

『男女雇用機会均等法』のなかった時代、私よりあきらかに能力が劣っていると思う人が、男というだけで肩書きが付く。しかし肩書きと共に責任も生じる。だったら女であることは時には楽かもしれないと思わせたのもそのころだ。そのあたりのことも、作品に織り込んだ。

 
この本を読んだ少女達は、森の彼方を夢見て、新たなエイミーと映美の物語を自分で創造してゆくことでしょう。

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